考察

マウスピースがなぜパフォーマンス向上につながるのか

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スポーツ歯科 マウスピース

マウスガードは、スポーツ時に歯列に装着して、主に歯や口唇を始めとする顎口腔領域の硬組織と軟組織の外傷、さらに脳震盪や頚椎損傷を予防あるいは軽減するための装置で、19世紀末頃にイギリスのボクシングで、強烈なパンチで歯の破折や顎骨骨折、さらには脳震盪を起こしそのまま死にいたることもあり、歯科医師に依頼して上下顎歯列の間に挟んで衝撃を吸収するゴム製の小片を製作してもらい、試合に用いた。これを「マウスピース」と呼んだため現在でもボクシングではそう呼ぶが、その他のスポーツでは“口を守る“という意味合いから、「マウスガード」あるいは「マウスプロテクター」と呼んでいる。

マウスガードの装着による主な効果は、スポーツ時の歯や顎骨の外傷、脳震盪などの防止あるいは軽減であるが、その他にもさまざまな有効性が挙げられる。

 

強い噛みしめによる咬耗の予防

アスリートは競技にもよるが、その競技中に歯を強く噛みしめている場合があり、歯に著しい咬耗を誘発して徐々に下顎位が側方へ偏位していく場合がある。そのまま放置していると、臼歯の破折が生じて抜歯せざるを得ない状態になり、顎口腔系筋群や顎関節に傷害をもたらす場合もある。マウスガードの装着により、これらの誘因となる強い噛みしめに由来する著しい歯の咬耗の発生を防止し、下顎偏位や歯の損傷を予防することができる。

 

顎関節の保護

スポーツ時の接触により、下顎へ加わった衝撃力は顆頭を介して顎関節へ伝搬され、下顎頭頸部骨折や顎関節円板転位、外側靭帯損傷などの顎関節障害が生じる場合がある。マウスガードの装着は、下顎に加わった衝撃力を吸収と分散機能により緩和し、これらの障害を防止あるいは軽減する効果がある。また、これらの障害による咬合異常も予防できる。

 

顎位の安定

マウスガードの装着により噛みしめ時の顎位が安定することで、頭や首、腰の位置が適正に保たれることにより、身体バランスを良好に維持できる。ただし、マウスガードに付与した咬合の調整が不適切で安定が得られていない場合は、顎位も不安定となり、身体バランスが不良になるばかりか、相手選手との接触時に衝撃の吸収や分散機能が発揮されず、かえって局所に衝撃力が集中して、障害を予防できない場合がある。この点を考えると、市販のマウスガードよりも、咬合関係を適正に調整することができるカスタムメイド・マウスガードのほうが優れている。

 

心理的な効果

スポーツ時に他の選手との接触により本人が傷害を負ったり、あるいは他の選手に傷害を負わせたりする不安や恐れを、マウスガードの装着によって大幅に軽減できる。このことから選手は傷害に対する不安が大幅に取り除かれ、リラックスした状態で安心して競技プレーに専念できるといえる。結果として集中力と積極性が増し、伸び伸びとプレーができて、選手本来の実力を発揮できるという心理的効果が期待できる。

 

スポーツパフォーマンス

マウスガードの装着により身体のバランスが良好に維持され、その結果、選手本来のスポーツパフォーマンスが安全に発揮できる。しかし、マウスガードの装着が選手本来の筋力や運動能力を増強させるか否かに関しては十分に解明されておらず、スポーツ競技におけるフェアープレーの精神と公平性を保つ観点からも、マウスガードの効果に関する説明には十分な配慮が必要である。

すなわち、マウスガードの装着により競技における運動能力が増強される可能性があることを強調すると、マウスガードの使用そのものがスポーツ競技の公平性を欠くとみなされ、傷害の予防や安全のための使用も認められなくなる危険性も秘めている。過去に相撲ではこのことが論議され、相撲道に反するとされた。それ以降、相撲ではマウスガードの使用は禁止になった。

 

現在日本では、ボクシング、キックボクシング、空手の一部、K-1などの総合格闘技系の競技だけでなく、アメリカンフットボール、ラグビーの一部、女子ラクロス、アイスホッケーといったコンタクトスポーツでも競技時のマウスガードの装着が義務づけられており、マウスガードの装着なしには競技に参加できない。さらに、野球、サッカー、バスケットボールなどのコンタクトスポーツや、モトクロス、スキーのエアリアルやモーグルなど、過大な衝撃が加わる突発的な事故が起こりやすいスポーツでも、マウスガードの装着が望ましいとされている。

このように日本では、マウスガードの装着がルールによって、あるいは各スポーツ協会などによって義務化される競技が徐々に増えており、選手の安全と健康維持のためにさらに広く普及することが望まれる。

 

 

参考文献

1)安井利一ほか:マウスガードの外傷予防効果に関する大規模調査について-中間報告、スポーツ歯学、17(1):9-13,2013.

2)安井利一ほか:マウスガードに関する文献(1986-2012)の調査結果から、スポーツ歯学、17(2):53-71,2014.

3)Maeda M, et al :In search of necessary mouthguard thickness. Part1 :Form the viewpoint of shock absorption ability, Nihon Hotetsu Shika Gakkai Zasshi,52(2) :211-219,2008.

4)日本スポーツ歯科医学学会ホームページ:良質なマウスガードの製作・提供に向けて、http://kokuhoken.net/jasd/global/mouthguard.shtml(2014

5)浅野 隆ほか:ゴルフスイングにおける咀嚼筋筋活動様相、スポーツ歯学、13:86-91,2010.

6)横堀大六ほか:咬合拳上装置の装着が運動選手の筋力及び平行性に与える影響、体力科学、42:285-291,1992.

7)月村直樹:顎口腔系の状態と全身状態との関連に関する研究-垂直的顎間関係位の変化が背筋力に及ぼす影響、補綴誌、36:705-719,1992.

8)中島一憲:顎口腔系の状態と全身状態との関連に関する研究-咬合支持領域の大小が頸部後屈筋と頸部筋および咀嚼筋活動に及ぼす影響、補綴誌、41:593-603,1997.

9)石上恵一ほか:フィールドでのパフォーマンスに対する歯科的臨床対応、臨床スポーツ医学、31:526-527,2014.

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