考察

スポーツ歯科領域の総論

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スポーツ歯科 マウスピース

1)スポーツ歯科領域の総論

 

「スポーツ歯科医学とは、全てのスポーツ競技を通じて適切なスポーツ活動の選択、助言、診査、管理、監督と、また必要に応じて治療を行い、さらに専門的情報を提供することを目的とする特別な歯科医学の部門」であると、国際歯科連盟(Federation dentaire internationale:FDI)が1990年に提唱した。

さて、日本におけるスポーツ歯科医学は、平成23年にスポーツ基本法が施行され、その第十六条に「国は、医学、歯学、生理学、心理学、力学等のスポーツに関する諸科学を総合して実際的及び基礎的な研究を推進し、これらの研究の成果を活用してスポーツに関する施策の効果的な推進を図るものとする。この場合において、研究体制の整備、国、独立行政法人、大学、スポーツ団体、民間事業者等の連携の強化、その他の必要な施策を講ずるものとする。」と条文が入り、これを受けた形で「スポーツ基本計画」(平成24年3月文部科学省)には口腔外傷予防装置であるマウスガードの推進が、ようやく図られるようになった。

 海外におけるスポーツ歯科医学の発祥は、英国のボクシングである。19世紀末に始まったという英国ボクシング選手に対するマウスピース(マウスガード)のサポートは、当時のボクシング選手から、外傷予防のために歯科医師に依頼してもらったものだと言われている。

米国においては、頭蓋骨に加えられた外力に対する変形と頭蓋内圧をマウスガードが抑制する効果を持っていると報告した1960年代のHickeyらやStengerらに始まるマウスガードの研究などがあり、さらに1970年代にはマウスガード材料に関する研究、マウスガードの装着による筋力増強の研究などが行われていた。

しかし、米国において実際にスポーツ歯科医学として学際的活動が開始されたのは、1980年にミシガン大学とテキサス大学サンアントニオ校のジョイントプログラムによって、The Academy for Sports Dentistryが設立されたことにはじまる。1980年代になると、口腔内装置による競技力向上に興味関心が移行し、咬合拳上型口腔内スプリントである(Mandibular Orthopedic Repositioning Appliance :MORA)についての研究報告が多くみられるようになった。

しかし、これらの研究のなかで外傷予防のためのマウスガードと、競技力向上のためのMORAとの混乱が生じ、The Academy for Sports Dentistryが創設される引き金になったと考えられる。1984年には、米国歯科医師会(American Dental Association :ADA)が「Mouth Protectors and Sports Team Dentists」という表題で、歯科医師会として初めてスポーツ歯科医学に関するガイドラインを示した。また、MORAに対するコメントもADAから早い段階で出された。

このガイドラインによると、スポーツチームデンティストの基本的な役割とは次の3点である。

  1. チームの選手に対するシーズン前の歯科検診
  2. チームの選手に対するマウスガードプログラム
  3. 試合中の口腔顔面外傷に対する治療と援助

このガイドラインにおいてADAは、スポーツチームに対して、歯科医師の協力を得てシーズン前にすべての選手を検診するように勧めており、この働きかけとマウスガードプログラムの実践が、1985年以降、米国国内のスポーツに関心を持つ歯科医師によって盛んにおこなわれるようになってきた。

米国においては1990年代に入り、マウスガード製作を歯科医療の一部として位置づけるなどの法律的な活動も実施され、歯科医師以外のものがマウスガードを製作することの法的規制を行うこととなった。日本においては、いわゆる「かかりつけ歯科医」が定着しているが、米国では専門医制度が中心となって構築されていることもあって、まだまだスポーツに興味を持つ歯科医師数は不足気味であるという。そのような背景もあり、Flandresはスポーツ歯科領域での歯科医師の役割を次のように示した。

  1. マウスガードの使用とその効果について、親、コーチ、監督、トレーナー、スポーツ選手、教師を教育すること。
  2. 高校や大学でスポーツの仕事をしている歯科医師の組織づくりを行うこと。
  3. 保険会社に対してマウスガードが利潤をもたらすことを認識させること。
  4. 外傷予防のためのマウスガードプログラムの評価と研究に参加すること。

米国におけるスポーツ歯科医学の活動を見ていると、その中心的な活動はマウスガードの製作と装着の推進にあるように見える。とくに齲蝕は抑制されており、歯周疾患も近い将来において抑制される。これらの疾患によって歯を喪失することが少なくなってくる反面、アクティブエイジのスポーツ外傷によって歯を喪失することなどに歯科医師は注意を払う必要があると思う。

 次に日本におけるスポーツ歯科医学について、その歴史は1987年の東京オリンピック強化指定選手に対する歯科健康診断の開始、ならびに1990年のスポーツ歯学研究会設立に始まるといえる。

日本のスポーツ歯科医学の流れには、ポイントが3点ある。1つめは「健康スポーツ歯科医学」という流れである。国の健康づくりの指針には「栄養・運動・休養」の3本柱が必ず入っているが、これまでの歯科界では運動に対してのアプローチが十分でなかった。しかし、最近の「健康スポーツ」という言葉のなかには、国の政策においての健康づくりに歯科が重要な位置にあることを提唱している。このことはメタボリックシンドローム対策にも歯科界が重要な役割をはたしていることにもなり、将来においても重要な課題である。

2つ目のポイントは、教育、特に安全教育におけるマウスガードの位置付けである。文部科学省が作成した学校歯科保健参考資料「生きる力をはぐくむ学校での歯・口の健康づくり」では、中学・高校の領域で、スポーツにおける歯・口腔外傷についての注意を促すと同時に、安全意識の啓発や安全行動の実践力の育成の点から、マウスガードへの理解を促している。

3つめのポイントは、平成23年に施行された「スポーツ基本計画」における歯科の位置づけで、公益法人日本体育協会が公認スポーツデンティスト制度を創設したことが大きな意味を持つ。

スポーツ歯科医学を通じて、咬合と競技力との関係、競技種目と歯列・咬合の特性、あるいは咬合接触面積と競技力などが挙げられる。スポーツ競技は。心・技・体のバランスの上に成り立つものであるから、顎口腔系の管理のみで左右されるものではない。しかし、咬合の変化によって筋力や身体動揺が変化することは明らかとされており、歯・口腔の健康な状態を確保しておくことが、全ての基本であることが言うまでもない。

 子供の競技力も成人以降の競技力も、歯や咬合の状態によって向上することが示唆されている。歯科医療は、心電図や血圧などを測定してスポーツのリスクを管理するような診療科目ではなく、より積極的に咬合の確立を通じて国民がスポーツに取り組みやすく状況、あるいはトップアスリートの競技力向上を支援できる可能性を秘めているといえる。

 

参考文献

1.Reed Jr RV :Origin and early history of the dental mouthpiece. Beit Dent J,176,1994

2.Hickey JC, et al :The Relation of Mouth Protectors to Cranial pressure and Deformation. JADA74:735-740,1967

3.Stenger JM, et al :Mouthguards Protection against Shock to the Head,Neck and Teeth.JADA,69:273-281,1964

4.デイビッド・P・クマモト:アメリカ合衆国におけるスポーツ歯学、歯科ジャーナル、36:577-588:1992

5.文部科学省:「生きる力」をはぐくむ学校での歯・口の健康づくり、日本学校歯科医会、東京、2004

6.日本口腔衛生学会編:平成23年歯科疾患実態調査報告書、30、口腔保険協会、東京、2013

7.日本スポーツ振興センター:http://www.jpnsport.go.jp/anzen/

8.日本体育協会: http://japan-sports.or.jp

9.日本歯科医学会:http://kokuhoken.net/jasd/

 

 

 

 

 

 

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