考察

歯周病と全身コンディショニングと疾患

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歯周病

歯周病は、齲蝕と並んで歯科の二大疾患であり、歯を失う最も大きな原因とされています。また、近年では歯周炎と全身疾患とは密接な関連があり、全身疾患が歯周炎を進行させることが明らかになってきている(糖尿病、骨粗しょう症、白血病、ある種の免疫疾患など)。また、逆に歯周病が全身疾患を促進することも報告されている。心筋梗塞など冠状動脈心疾患(心臓血管系疾患)、誤嚥性肺炎、早期低体重児出産、糖尿病などの全身疾患との関連も明らかになってきており、歯周病は口腔領域ばかりでなく全身をも脅かす可能性が指摘されて、生活習慣病の一つとして対応するようにもなりました。国民の約7割は歯周病を罹っているとされており、歯周病は「国民病」ともいえます。

糖尿病と歯周病

平成12年国民栄養調査(厚生労働省)によれば、日本人の糖尿病患者は現在740万人、さらにその予備軍が880万人いるとされている。この数は、わが国の糖尿病患者が過去50年間で約30倍にも増加したことを示している。糖尿病は歯周病に対する重要なリスクファクターと考えられてきた。これを受け、歯周病は、網膜症、腎症、神経障害、末梢血管障害、大血管障害に続く糖尿病の第6の合併症と提唱された。さらに近年になって、慢性炎症性疾患である歯周病がインスリン抵抗性を介して糖尿病自体の血糖コントロールに影響を及ぼすことが明らかにされ、二者の相互関係がより重要視されるようになった。

1型糖尿病の多くは若年期に発症するために、加齢、喫煙といった歯周病に対するリスクファクターが排除されるため、糖尿病と歯周炎の関連性を考察しやすい。日本では若年者の1型糖尿病患者ではおよそ10%以上が歯周炎に罹患しているのに対し、全身的に健康な同年代の若年者群では約1%程度にすぎない。諸外国においても、多くの研究では1型糖尿病に罹患している小児・若年者は、全身的に健康な対照群と比較して、歯周病の罹患率や重症度が高いことが示されている。

2型糖尿病と歯周病の関連性を調べた研究では、2型糖尿病を高頻度に発症するアリゾナ州のピマインディアンを対象とした研究が最も有名である。1990年Nelsonらは、2型糖尿病患者は同年代の非糖尿病患者に比べ歯周病の新規発症率が、約2.6倍高いと報告した。さらにその後、糖尿病患者のほうが非糖尿病患者に比べ、歯肉炎による歯肉の後退で2.8倍以上、歯槽骨の吸収度で3.4倍以上進行していることが明らかにされた。

肥満と歯周病

肥満は、わが国で最も高頻度にみられる代謝異常症である。肥満はインスリン抵抗性を背景として、糖尿病、高血圧症、高脂血症、そして動脈硬化性疾患に対する最大のリスクファクターとなる。従来、脂肪細胞は余剰のエネルギー貯蔵の場としての役割しか知られていなかったが、近年では肥満症に対する病態解明の気運の高まりに伴い、脂肪細胞は多くのアディポサイトカインを分泌することが明らかにされた。アディポサイトカインは、生体のホメオスタシスの維持に積極的に参与するほか、脂肪の蓄積とともにその発現量が変動し脂肪蓄積に伴う肥満合併症の発症に関与する。また、脂質代謝・内分泌異常・動脈硬化の発症・進展にも重要な役割を担っている。

肥満が歯周病に対するリスクファクターであることを、1998年Saitoらが日本人を被験者として世界に先駆けて報告した。その結果、肥満の指標に一つである体格指数(BMI)が高いほど歯周疾患罹患率が増加していた。さらに、年齢、性別、口腔清掃習慣、喫煙歴による影響を補正したロジスティク回帰分析の結果、歯周病罹患の相対危険度は、BMIが20未満の者を1とすると、BMIが20~24.9の者で1.7倍、BMIが25~29.9の者で3.4倍、BMIが30以上では実に8.6倍にのぼると報告した。一方、2型糖尿病患者の歯周病の重症度をBMIで分類した結果、同じ糖尿病でもBMIが高い患者ほど歯周病も重度であることが報告されている。

肥満は一連の代謝性疾患と密接に関連することから、今後肥満症の病態解析といった基礎研究の重要性はさらに増していくと考えられる。

冠状動脈心疾患と歯周病

冠状動脈心疾患の発症と進展には、高血圧、高脂血症、糖尿病、肥満といった古典的危険因子が大きく関与することが知られている。これらリスクファクターとなる疾患群は、マルチプルリスクファクター(危険因子重積)症候群と総称され、インスリン抵抗性を基盤として冠状動脈心疾患の強力なリスクファクターとなる。しかしながら、虚血性心疾患を発症した患者の中には、必ずしも古典的リスクファクターを有してない人も存在する。このようなことから、古典的危険因子以外のリスクファクターとして、感染性微生物、炎症関連因子、各種脂肪酸、抗酸化物質や心理的要因をはじめとした生活環境が注目されつつある。

歯周病と冠状動脈硬化との相関を調べた疫学研究は、長期のわたる縦断的コホート(集団

)研究が多く、信頼性が高い。ノースカロライナ大のグループは、歯周病を発症していると冠状動脈心疾患に罹患するリスクは、オッズ比で1.5~2.8倍高くなることを報告している。また、歯周病の重症度と虚血性心疾患の発症リスクとは関連性があり、そのオッズ比は2倍に匹敵するともいわれている。

早期低体重児出産と歯周病

早期低体重児出産とは、「妊娠24週以降37週未満での分娩、または体重2.500g未満の低体重児出産」と定義されている。産科領域では早期低体重児出産および早産に対し、さまざまな予防対策を講じてきたが、その発生率は過去20年間本質的には減少していない。早期低体重児出産および早産の原因の一つに顕性感染があげられており、尿路あるいは呼吸器感染が主であると考えられていた。しかしながら、それのみでは説明がつかない部分が多く、別の角度からの検討が必要であると考えられるようになった。

1996年ノースカロライナ大学のグループが、歯周病細菌による感染によって、早産が引き起こされることを動物実験モデルで示した。この研究は、その後疫学調査に発展し、中等度以上に進行した歯周病をもつ母親は、そうでない母親より低体重児を出産するリスクが7倍以上高いことが報告された。その後の介入研究から、歯周病治療は早期低体重児出産の発症率を減少させる可能性が示唆されている。

誤嚥性肺炎と歯周病

何らかの原因で嚥下機能が障害されると、咳反射が低下し、誤嚥物がそのまま下気道に吸収されてしまう。高齢者の肺炎は唾液や逆流した胃内容物を眠っている間に少しずつ下気道に吸引することで発症する、いわゆる不顕性誤嚥が原因となって発症すると考えられている。健常者でも約50%は、睡眠中に口腔咽頭内容物を吸引するが、呼吸器感染症を発症しない。しかしながら、脳卒中やパーキンソン病などの神経障害を有する患者は、同年代の健常者に比較して、口腔細菌の吸引による呼吸器系疾患発症リスクが約14倍高くなる。また、呼吸器系疾患の重要なリスクファクターである喫煙は、線毛運動麻痺と肺浄化機能の低下を起こし、呼吸器疾患に対するリスクを約4倍高めることが知られている。

呼吸器系疾患と歯周病との関連性については、慢性閉塞性肺疾患および高齢者の誤嚥性肺炎と歯周病の関連性が注目されている。1980~90年代にかけて誤嚥された唾液中の細菌のほとんどは、嫌気性であり肺炎と関連性があると報告された。1990年代半ばから歯周病と細菌性肺炎の関連が指摘され、疫学調査が実施された。現在、歯周病菌が肺感染巣から検出されたと報告されている。

骨粗鬆症と歯周病

骨粗鬆症は、「骨量の低下と骨組織の微細構造の変化を特徴とし、骨の脆弱化の結果、骨折の危険性が増大した疾患」と定義されている。骨量は、骨吸収と骨形成の均衡は維持されることで一定に保たれるが、骨吸収が相対的に骨形成を上回る病態、すなわち骨の再構築(リモデリング)において骨形成と骨吸収のカップリングに破綻が生じれば骨量の減少をきたす。本疾患は高齢者、とくに閉経後の女性に多くみられる。その病態は、骨形成促進作用を有するエストロゲンの分泌減少によって説明されることが多い。

1990年代に、骨粗鬆症は歯肉退縮や歯槽骨吸収の程度と相関するという報告がなされた。また、日本でも歯周病と閉経後骨粗鬆症の関連を調べた結果、骨粗鬆症患者は対照群に比較して歯茎の出血指数が高く、歯周病が進行傾向にあることが報告されている。しかし、歯周病が骨粗鬆症の主な症状の一つとして現れるとか、骨粗鬆症の症状を憎悪させるといった関連性を裏付ける報告はいまのところない。

 

近年、歯周病は、単純に口腔局所の感染症としてではなく、細菌の供給源としてあるいは抹消の種々の臓器に影響を及ぼす可能性のある軽微な慢性炎症としてとらえられるようになった。これまで歯周病が関連すると報告された疾患群は上記の者があるが、歯周病と上記のような全身疾患との因果関係、関連性を解明し、全身コンディショニングを改善することが生活の質QOLを高め、身体機能の維持と高揚を促していくと考えられる。

 

 

参考文献

1)雫石 聡、永田英樹:歯周病のリスクファクター及び全身疾患・全身状態との関連性、医歯薬出版、2004、90~99.

2)大野良之、柳川 洋他編:生活習慣病予防マニュアル、第4版、南山堂、東京、1998,97~110.

3)Saito,T.et al:Obesity and Periodontitis.N.Engl.J.Med.339(7):482,1998.

4)Offenbacher,S.et al.:Periodontal infection as a possible risk factor for preterm low birth weight.J.Periodontol.,67(10):1103,1996.

 

 

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